相対的に

外山恒一が少し前にネットに発表したテキストがめっぽう面白かったので衝撃を受けた。これは読んでない人にも一応薦めておくべきかもしれない、と思いこのブログに書こうと思い立ったのだった。(思い立ってから数週間この記事を下書きに放り込んでいた)以下はこのテキストの紹介と僕の取るに足らない感想であるので、この下に貼ったリンクに飛んでテキストを読みさえすればこのブログを読む必要はない。

 

野間易通 徹底批判

 

 

まず外山恒一、そして野間易通についての最低限の情報を書いておくと、外山恒一(とやまこういち)はファシストを自称する政治活動家である。2007年の都知事選の政見放送によってネット上では有名だが、ネタとしての知られ方の方が多いように感じる(僕もこのテキストを読むまでは政見放送のイメージだけで、ただ奇抜なことをするオカシな人だと思っていた)。最近の都知事選では当選してほしくない候補の選挙カーの後ろから街宣車で追っかけ、「原発推進頑張ってください、日本を滅ぼしましょう!」などと誉め殺しする活動などしているようだ。いずれにせよ異端な活動家である。

一方、野間易通(のまやすみち)はリベラルな活動家だ。よく知られているのは「レイシストをしばき隊」や反原発デモの代表としての活動だと思う。「しばき隊」は「在特会在日特権を許さない市民の会)」によるヘイトスピーチに対抗するために作られた団体である。こちらはこちらで過激な運動を展開している運動家である。

 

さて、このテキストはその名が表す通り、外山恒一が、野間易通を批判する、という趣旨の文章だ。けれどその構造と内容が面白いために両者をよく知らない僕のような者でも大変面白い読み物として読めてしまった。

このテキストは1章と2章に分かれていて、それぞれ違う観点から野間易通を批判するものとなっているのだが、この文章の面白いところは野間易通批判の文章が、1章では日本の社会運動史について、2章では欧米のカウンターカルチャーが日本でサブカルチャーとなりそしてサブカルへと変化した経緯についての、分かりやすい解説としても読めるところだ。

黄金期のサブカルチャーを後追いするしかなく、骨の抜けた「サブカル」に親しんできた平成生まれとしてはこの記事で初めて、あの当時のサブカルチャーになにか感じるものの正体が知れたような気持ちになった。また、1章もだいぶ興味深い話が読める。なかでも違う思想の人々がどのようにすれば同じ行動をとれるか、というくだりはとても興味深かった。当たり前の話なのかもしれないが。

この人の文章を読むにつけ、この人が自分の思想や活動を相対化してとらえていることがよくわかる。自分の思想を絶対とするわけではなく、社会の中で自分がどの位置にいるか、またはどういう見方をしているか、されているかを客観視することができている。だからこそ、極端なスタンスをとっている側の人の文章なのにすごく読みやすく面白いのだと思う。周りに流されるという意味での相対ではなく、周りとの位置関係を感じるという意味での相対ができているかどうかは重要だと思った。

でもとにかくまあ、読めばきっと面白いと思います。