コインランドリー生活

コインランドリーを利用するのは初めてだ。三日分の洗濯物を放り込んで部屋に戻り、ブログを書いてみる。

 

一人で免許合宿に来ている。ここ秋田県大館市での二週間の滞在が予定されているが、まだ三日目だ。大館には雪が積もっていて、道路には雪はないものの、ところどころに雪かきでできた大きな雪山がゴロゴロと転がっている。さらに今日は夕方頃から現在までやわらかくて軽い雪がずっと静かに降っているので明日はきっと道路にも積もっているのではないか。

 

初日の時点でホテルの近くにTSUTAYAがあることが分かったので、夜に映画を5本500円で借りてきて、スパイク・ジョーンズの『Her/世界で一つの彼女』を観た。色彩設定が明確で、主人公の服装やオフィスや恋する相手となるOSなどが淡い赤系の色で彩られているので寒色の映像になった時の雰囲気の変化がわかりやすい。撮影監督はホイテ・ヴァン・ホイテマで、他に『ぼくのエリ 200歳の少女』『ザ・ファイター』『裏切りのサーカス』『インターステラー』『007 スペクター』などを話題作に多く携わっている。ホアキン・フェニックスはついこの間『ザ・マスター』で出演作を初めて観て度肝を抜かれたばかりだが、この役もまた変さ加減が良かった。スカヨハは元から好きなのでこの合宿中にあと何作か出演作を観ていきたいなと考えている。

 

車を運転できるようになるというのは僕にとっては大きなことだ。自転車の乗り方や泳ぎ方など、時間が空いても覚えていたり意識せずともできているような、技術に関する記憶を「手続き記憶」というらしいが、そういった手続き記憶を新たに書き加えるような体験はすごく久しぶりなことに思える。そしてなかなかに難しい。

自動車に乗っている時には、自分の身体は拡張されて自動車と同じ大きさになっている。リュックを背負っている時にリュックまで身体の一部として物を避けたりするような。しかしその自分が乗っている車の大きさの感覚がつかめない。自分の身体の大きさをわかっていないで歩くような状態だ。おととい読み終えた鷲田清一『ちぐはぐな身体〜ファッションって何?』によれば、人が、自分の身体の全体を知覚している状態などなく、身体は常にイメージによって自分のなかに形成されているものだという。それになぞらえて考えるなら僕は自動車に乗っている時の、自動車を含めた身体を自分のなかに形成できていないということになる。それが教習を経て形成されていくのだとしたら楽しみなことだ。

 

コインランドリーに洗濯物を見に行く。

乾燥機は使わずに洗濯物を持ち帰り、部屋の中に干す。

コインランドリーで生活したら楽しそうだという話を友達としたのを思い出した。広さが丁度いいしおしゃれだ。(そうは思いませんか?)

 

自動車学校では1〜数時間の空き時間が多く、本を読むことくらいしかすることがないので、持ってきた何冊かの本だけではすぐに読み終わってしまうかもしれない。それと音楽も聴いている。雪景色の中だと聴きたい音楽も変わってくるのか、あたたかみのある音楽か静かな音楽を選んでいるような気がする。スフィアン・スティーブンスが良い感じ。今日はモータウン系のソウルとかポップソングを主に聴いていて、ジャクソン5スティービー・ワンダーマーヴィン・ゲイとかだった。聴きながら空き時間に1時間くらい散歩したら元気になった。

ここでは聞きたいラジオが聞けないのが辛い。一方その代わりと言ってはなんだが、地元の高校生がたくさん自動車学校に来ていて訛りの入った会話が聴けるのは楽しい。今日も上京の不安と期待と東京の電車の難しさについて話していた高校生の男女の会話に聞き入ってしまっていた。「東京ではみんな地下鉄か」「私このアプリあるがら東京の電車はいげる気がしてきた」「バカ、そんなごど言ってるやつがダメになんだべ」

僕は話し相手が実技の時の教官しかいないため、教官に対しては口数多く話したりしている。今日学校のコース内を教官の隣で運転していたら、教習生が一人で運転する対向車を見た教官が「あの車の彼、気をつけて、目がイっちゃってる。」と静かに告げてきた。目がイっちゃってる、なんて表現を軽く使った教官が恐ろしく、そんな表現で表される彼(サンドイッチマン富澤似のイケメン)も恐ろしかった。

 

窓から外を見ると雪は降り止んでいた。ホテルの駐車場の雪の上にはタイヤ痕がいくつか走っているだけで、まだ誰の足跡もタイヤ痕もない、25mプールくらいの広さの真っ白なエリアが残っている。

ふとおしるこが食べたくなって、さっきコンビニで買ったインスタントのおしるこを開けようと思うので、今日はここでやめる。